重陽


平成二十二年の旧暦、九月九日は十月十六日です。

重陽の御節句は御節句のうちでも、現代においては
お月見に取って代わられたりと もっとも縁遠いようです。
旧暦では今の暦よりおよそ一月程先になりますが
新暦の日付通りとなるとまだまだ残暑の頃とて
菊花の盛りにも遠く宮中における秋の園遊会(戦前の観菊会)も
十月半ば以降に催されることが多い様です。

今年旧暦の重陽の頃
丸平文庫では「後の雛」よろしく立像のお雛さん等を飾り
御寄贈戴いた皆様にお越し戴く内見会を開きました。

「後の雛」とは元禄頃にみられる
殊に上方で行われた重陽にお雛さんを飾る風習です。
上巳の御節句のように多くを並べて飾るのではなく
内裏雛だけを出して飾るに留めおきます。

作者は不明ですが、浄瑠璃の作品に
敵討襤褸錦
(かたきうちつづれのにしき)があります。
最初の春藤屋敷出立の段に重陽の後の雛飾りの様子が語られます。

霜と伝ふて十五の妹の縹緻も
好うて賢うて知らぬは男の肌ばかり
縫針読み書き琴も弾き姿は花の菊がさね
菊の節句の雛飾り
召使ひの女の童、出入りの者の嫁娘寄り集まり
献いつ押さえつ口菊酒の微酔ひ紛れ
賄ひおやなが頭取って
「ナント皆様、この内裏上臈を乗り物に乗せお霜様ぢやと嫁入り事せまいか」
「これはよかろ」
「お輿舁はおかつ女郎おつや女郎、こなたを媒人わしや宰領、
這子も忘れずに乗せうぞや。サァよいわ、お輿参りや、はいーー」
とお庭の内を幾廻り、廻れや廻る菊の酒、酒機嫌、女の遊び媚かし

この度は重陽に飾りました二番立像脱ぎ着せの内裏雛をお目にかけます。
平成二十三年の二月に丸平文庫の第六回代々の雛人形展に展示致します。
阪神の旧家の昭和三年生まれのお嬢様のお雛さんとして
五世大木平藏が製作致しました。
御誕生が倫敦の為帰国なさった昭和六年にお納めしたとの事でした。


二番立像脱ぎ着せの内裏雛

五世 大木平藏 作



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(平成二十二年度)


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