上巳


平成二十三年旧暦の三月三日は、四月五日です。

新展示室での第二回目「丸平代々の雛人形展」には「人日」にも紹介していますが
五世大木平藏が昭和三年に納めました二番脱着せ立像のお雛さんを中心に
芦屋の旧家にやはり昭和三年にお求めいただきました
丸平では本式束帯雛と呼んでおります六番のお雛さんの十五人揃えを始め
おぼこ御伽花咲爺、おぼこ狆曳き官女、市松人形、水屋道具、
お子達用お雛膳等数々を飾りました。


二番立像のお雛さんには
おぼこ八寸の立稚児、子供七寸の五人囃子がついております。
丸平では人形の姿の種類を 本行、中娘、子供、おぼこ、本狂、御所
など様々に呼び習わしております。

裾を長く引いた男雛
裳をつけた女雛


八寸おぼこの立稚児。
元服前のお公家さんの男子の装束のひとつを着付けています。
袴についている赤い玉飾りは菊綴と呼ばれ
元々はほころび止めであったものが
次第に本来の役目から装飾化して行きました。


お雛さんの下もののなかでもこの「五人囃子」は京都で発祥しておりません。
宮中の式楽は雅楽ですが 武家では能になりますので
能の囃子方と地謡の五人囃子は江戸で作り始められたようです。
おそらく最初は本行の姿であったものが
子供の愛らしい姿にも作られ
その流行が上方にも取り入れられたと考えられます。

丸平でも本行の楽人、女楽人、子供楽人等様々な姿にしていますが
圧倒的に子供五人囃子を数多く作っております。


五世大木平藏作 六番本式束帯十五人飾

このお雛さんのお持ち主は
幼い頃お母さまが可愛いお料理を雛膳用にこしらえて下さって
お友達やお従姉妹さんを招いて雛祭を楽しまれていたそうです。
この六番本式束帯雛十五人飾及びおぼこ人形、市松人形、水屋道具などは
来春白鹿記念酒造博物館に展示致します。
辰馬家のお雛さんと共に是非御覧下さいませ。


さて古くは 京都後藤縫殿助の古文書に
寛永九年
(1632年)春日局が明正天皇(江戸時代最初の女帝、この時10歳)に献上する為の注文書
(一御ひなの御ぜん道具 壹とをり御かけばん一二三 壹人まへ 御はち 御はし 御ごき
御さら しやくし 御さかづき ほかい かんなべ 御ゆつぎ
同一 ちやうあし 一二拾人まへ 御ごき 御さら 御めしつぎ 御はし 此ぶん十人前
同一 ぢうばこ 壹人 三、同一 さしダル 二荷、右之ぶんを小判十両にいたし候へ
御このみ有候 いづれもなし地 一ひなのだいす 二つ)
が残っています。

雛と言う言葉には、小さな、可愛いの意味がありますから
これはお雛さんの御道具と考えるより
おままごとの様な雛膳だと思われますが如何でしょうか。
幼い女帝さんもきっとおままごとを楽しまれたことでしょう。


幼いお姫さんが 雛祭を楽しんでおられる様子に飾りました。
この展示の為に作りました、七世大木平藏九番稚児のお雛さんの内の一体です。


▲節句 人日 

(平成二十三年度)



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