上巳


平成二十一年の旧暦三月三日は三月二十九日です。
昨年丸平文庫 第三回「丸平の御所人形展」では
様々な御所人形を見て戴きました。

「御所人形」は近代に入って呼び習わされる様になった名称で
それ以前は「お土産人形」「大内人形」「白肉人形」「白菊人形」「拝領人形」
「頭大人形」「伊豆蔵人形」「御局人形」等様々に呼ばれて参りました。
「お土産人形」は西国方面の大名が
参勤交代で江戸に行く途中宮中や公家衆に贈答致します。
その返礼に人形を贈った事、京都所司代の交代の折将軍家の若君、姫君に
人形を持ち帰ったこと等、又京都から勅使が江戸に行く際のお土産として
大奥に献上した事で「お土産人形」と呼ばれる様になったと聞いております。

稚児雛、おぼこ雛と申しますのは京都独特のお雛さんで
幼い子供の姿をお雛さんに写したものです。
時代のある御所人形には男女対に作られ
三折仕様で着せ替えのできるものもございます。

丸平では様々な稚児雛、おぼこ雛を御贔屓さまにお納めして参りました。
今回は「丸平の御所人形展」に飾りました三折れの稚児雛を御覧下さい。

何れの稚児雛も男雛は「びんぶく」といわれる
お公家さんの童子独特の髪型、装束は狩衣。
女雛は未婚のお姫さんの「びんずら」の髪型に小袿の姿です。

稚児雛簡易三つ折れ
立稚児、三つ折れ描目稚児雛
描目三つ折れ稚児雛貝合せ遊び

又丑年に因みまして、お雛さんのお道具として
「御所車-牛車」をお目にかけます。
上方、特に京都ではお雛さんの乗り物としての御道具は「御所車」でした。
殿上人にとっての乗り物は通常「牛車」もしくは「輿」ですから
「御籠」より「御所車」が好まれました。
「牛車」を用いる身分も限られる上形にも様々な制約があり
その乗り降りにも作法がありました。

坂東武者の木曾義仲が作法を知らずに「牛車」に乗り降りして
京の雑色に諭される場面が平家物語にございます。

さて院の御所へ参り、門前にて車かけはづさせ
後より下りんとしければ京の者の雑色に召し使はれけるが
「車には、召され候ふ時こそ、後よりは召され候へ。
下りさせ給ふ時は、前よりこそ下りさせ給ふべけれ」と言ひければ
木曾、「いかでか、車ならんからに、何でふ素通りをばすべき」とて
終に後よりぞ下りてげる。
その外をかしき事ども多かりけれども、恐れてこれを申さず。

「牛車」に乗り降りする場合
おおよそ牛を放して車の後ろから乗り、降りるには前へ下ります。
人数は四人迄 お互い相対して座り
一人の時は車前方で左を背に右に向いて座ります。
男女で乗る時は男君は右、女君は左になど決り事が多くあります。

戦前、丸平で作りました「唐車」と「半蔀の車」と呼んでおります
「御所車」二具と牛を御覧下さい。


唐車
唐車
毛植の牛
毛植の牛
半蔀の車
半蔀の車
半蔀の車と雑色
木彫斑牛
木彫斑牛

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(平成二十一年度)

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