人日

平成十九年は丁(ひのとゐ)の歳、旧暦の「人日」は二月二十四日です。
七種の若菜を羹
(あつもの・・暖かい汁物)にして食すと
その年の邪気を避ける事が出来ると信じられていた事が
正月子の日の、小松曳き
(松の長寿を分けて貰う)や
若菜摘み
(正月子の日に丘へ上がって四方を望み若菜を摘むとその年の邪気が祓える)
とあいまって、今で言う七草粥を正月七日に食べる行事に育っていった様です。
「供若菜
(わかなをぐうず)」・・・儀式の文献に残る起源は
醍醐天皇延喜十八年
(九百十八年)正月七日辛巳(かのと み)です。

「枕草子」の三段には
「七日雪間の若菜摘み青やかに
例は、さしも、さるもの目近からぬ所に、もてさわぎ、
白馬見むとて、里人は車清げにしたてて、見に行く」
白馬
(あをうま)とは宮中における正月七日の行事「白馬の節会」のこと。

百三十四段には
「七日の若菜を、人の六日もてさわぎ取り散らしなどするに
見も知らぬ草を、子どもの持て来るを
「何とかこれを言ふ」と。
とみにも言はず「いさ」など、これかれ見合はせて
「耳無草となむ言ふ」といふ者のあれば
「むべなりけり。聞かぬ顔なるは」など笑ふに
またをかしげなる菊の生ひ出でたるを持て来たれば、
つめどなほ耳無草こそつれなけれあまたしあれば菊もまじれり
と言はまほしけれど、聞き入るべくもあらず」

平安時代の七草の種類ははっきり特定されておらず
耳無草
(撫子科の野草)が挙げられている位。
鎌倉時代の「河海抄」(源氏物語注釈本)−「七草」
(なずな)、繁縷(はこべら)、芹、菁(あおな・・かぶ、御形、須々代(すずしろ・・だいこん、仏の座

七草の籠を前にする御所人形をお目にかけます。
御所人形の大きさに合わせた七草は 飯田深雪大阪社中の製作です。




七草の籠を前にする御所人形
   ▲節句 上巳  ▲節句 端午  ▲節句 七夕  ▲節句 重陽

  (平成十九年度)



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